Little AngelPretty devil ~ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “重陽の節句”
 


秋の野原は風舞台。
可憐な秋桜が、すすきの銀の穂が、
吹き抜けてゆく金風に茎を揺すられ、
草の海の中、ゆらゆらひらひらと揺れての躍る。
おいでおいでに見えるから、
小さな仔ギツネ、誘われて。
わさわさと草葉を掻き分け、花を追う。

 「あか、しろ、ひぃろ。ちゅちゅきが、ふさふさ~♪」

野原 草むらを照らす明るい陽は、でもあのね?
何だか少ぉし寂しげな金の色。
やわやわのお耳が、裸足のつま先が冷たくて。

 「…ふや。」

小さな仔ギツネ、
ふかふかのお尻尾を草間に立てて、
踵を返すと たかたか。
亜麻色の髪、結ったのを揺らして とてちて。
一目散にお家へ駆けてゆく。
風が誘ってももう聞かない。

 「遊ぶの めぇ。かえゆの。」

夜になったら、ひゅううん、風のお声もするけど、
ほかほかのご飯が待ってるお家。
おやかま様やおとと様のいる、
せーなや ちゅたさん、ちゅきがみのいる、
ぬくぬくのお家。大好きなお家。

早く早く帰らなきゃ。大急ぎで帰らなきゃ。
風さんとは また明日遊ぶから、
たかたか・てこてこ帰らなきゃ。大急ぎで帰らなきゃ…。




  ◇  ◇  ◇



陰暦九月九日は、五節句の最後の“重陽”と呼ばれる日。
そもそも、この節句というのは、
縁起のいい奇数が重なる、一月一日、三月三日、五月五日、七月七日、
それからこの九月九日をさしてもうけた節目の日で。
そもそもの発祥の地・中国では、野に出たり丘に登って空を仰ぎ、
皇帝の父…だということになっている天帝のおわす天を望んだ。
重陽の節句は秋の盛りにやってくることから“菊の節句”とも呼ばれ、
厚物咲きの大輪の菊の花の上へ、
綿を乗せておいて朝露を吸わせ、それで身を清めたり、
また、夏の菖蒲と同様、破邪・魔除けに効くという、
山茱萸
(さんしゅゆ)の実を髪に飾って野遊びをしたりしたそうで。
それからそれから、冬物へと衣替えをする日でもあり、
この日を境に人々は綿入れを着た。
今の九月九日だったら暑いことこの上なしだったろうけれど、
昔の暦だと十月半ばから末のころ。
今年なら10月の19日にあたるので、まま、そんなもんでしょう。

 「紫宸殿で菊見の宴とかいうのがあるそうじゃねぇか。」
 「あ~んな詰まらんもんに、なんで俺が運ばにゃならん。」

帝が愛でての丹精なさったということになっている菊を観賞し、
箏や笛といった楽曲も鳴らされよう、もしかして歌も詠まれよう中にて、
深まりゆく秋を味わうとか何とか、
風流悠長なお題目の催しが、例によって宮中で開かれる予定があるにはあるが、
これまた例によって、
うら若き神祗官補佐殿は 欠席なさるご予定になっているらしい。
広間を縁取る濡れ縁に陣取っている彼の手元には、
大きめの和紙が広げ敷かれ、その上に広げられたは、
午前のうちに書生の坊やが裏山で摘んで来た山茱萸の実。
それを手頃な小枝や葉と共に綾紐で束ねては、
小さめの飾り物を幾つも作っている蛭魔であり。
端午の節句に薬玉を吊るして邪気を払うのと同じ意味合い、
今度はこれを同じ場所へと取り替えて据え、これからの邪気を払ってもらう。
陰陽師だからしきたりは守らにゃ…と手をつけている彼では、勿論なくて。

“…勿論、って。”

結界を張るための念を込めるに適しているという、
実績あっての信奉だというから穿っており。

 「昔からそうだったからってのが、
  片っ端から下らねぇとも限らねぇから面白れぇよな。」
 「つか。昔からのしきたりを守って伝えんのも、
  お前の正式な仕事なんじゃねぇのかよ。」

邪妖の身なので、手を出すと意味がなくなる。
そこのところはお互い様で分かっているので、
蜥蜴一門の惣領様は、
片膝立てているのを抱え込むような格好になって、その屈強な肢体をちょいと縮め、
すぐ傍らで進められてる手作業を眺めており。
蛭魔も“手伝え”と押しつけるでなく、淡々と小さな厄除け飾り作りに没頭中。

 「俺は別段、伝えたり順守したりってことまで意識しちゃあいねぇっての。」

そんなん根拠なさすぎって思う儀式には、
都合よく腹が痛くなってくれっから、一度も出てねぇし。
あっ、それじゃお前、こないだのはさては仮病だったのかっ。
違うって、本当に腹が痛くなったんだって。

「う~~~。」

にまにま笑いながら言われてもと、
目許を眇め、ふんと鼻で息をついた葉柱のその鼻先へ。
束ねている途中の山茱萸を振りかざし、

 「だから。」

イワシの頭も信心からってのはアリだと思うが、
儀式にかこつけて集まって、意味のない宴なんぞ開くのへは、
俺様の陰陽師としての感覚の何かが、黙ってられなくなるんじゃあないかとだな。

 「………言ってろ。」

鼻高々に、よく判らない理屈を振りかざす御主人様へ、
ほれ、それに俺が触れたら意味なくなるんだろうがと、
式神様の相変わらず大きな手が、
実には触らず、袙
(あこめ)の袖から出ていた手首を掴んでの遠ざければ。

 「う…。/////////

少しほど冷たくなってた肌に、温度差のある手のひらが触れたのは、
唐突が過ぎての不意を突かれたか。
動きが止まりの、切れ長の眼が大きく見張られのして。
隙をまんまと衝かれたようで口惜しかったか。
それにしては…驚いたという範疇の外、
どこか含羞むようなお顔になった、金髪白面のお館様。

 「う~~~。/////////

片手で悠々、こっちの細腕を捕まえてしまった相手を見遣る彼であり。

 「? どした?」
 「う、うるさいっ!/////////

わっ!わっ! だから、それを俺が触っちゃいかんのだろうによっ。
うっさいなっ、だったら避けろっ!
罰当たりにも神聖な、しかも瀬那くんが摘んで来た山茱萸の実を投げたりしたら。
節季の神様とそれから、

 「ちゅきがみ、どしたの?」
 《 …………。》

どうしてくれようかと、少々ご機嫌が悪いらしい武神様が、
精悍なそのお顔をややしかめ気味にして。
広間の隅、うっすらとその存在を現していたりして。
そんな彼の大きな肩へ、
こちらはくうちゃんが摘んで来た、まだ若いススキの銀色の穂が差しかけられて。

 「だめですよ、進さん。」

あのくらいのやんちゃで いちいち怒っていたらばキリがありません。
妙に落ち着いて、当のセナくんがそんなお声を掛けて来る。

 《 だが、あるじ。》
 「それより。」

自分が仕えているセナくんを大事と思ってくださる憑神様が、
言いたいことは判るけれどと、
ゆるゆるかぶりを振って、その先を言わせず、

 「ああやって気を逸らしてる間に、急いで此処の冬の用意を整えなければ。」
 「にゃければ。」

賄いのおばさまと一緒に、
寝間の夜具代わりに敷いてあった袷を掻い巻きに取り替えたり、
蔵から出して来た几帳を二つ三つ多いめに並べたり。
炭桶は此処でいいですか? そうだね、ああ灰掻きはあるのかい?
あ、そういえば。お師匠様ったら、葉柱さんを叩いて折ったんだったっけ。
お背
(せな)に小さなくうちゃんを背負う格好で、
調度品の置き換え、入れ替えに、
ぱたぱた・くるくると駆け回ってる、働き者のセナくんがそうと言うならと、

 《 ………。》

憑神様の進さんも、仕方がないかと口を噤んで。
天上に間近い欄間の蓋をする、お手伝いなぞ手掛けてくださる。

 「寒さむが、来ゆの?」
 「そだよ? くうちゃんもそろそろ冬毛に生え代わるのでしょ?」
 「はや?」

そだっけ?と、小首を傾げる仔ギツネ坊やへ、
小さな書生くんがくすくすと笑いかけ。
まだちょっと、動き回ると小汗の出る頃合いですが、
どんどん深まる秋に追い抜かれぬよう、
暖かい冬をすごすためのお支度は、どちら様もお早めに…。




  ~ どさくさ・どっとはらい ~  07.10.17.


  *秋なのでと、キツネさんのお名前によく使われる“乱菊”をネットで調べたら、
   某死神の松本乱菊さんのオンパレードだった。
(笑)
   私が探してた方の意味合いへの解説はというと、
   矢がすりとか市松とか扇流しとか暴れ熨斗みたいな、柄や紋の名前のことで、
   花びらが細くて不揃いな大輪の菊がモチーフになってる意匠のことだそうです。

   ところで…晩秋といや、
   あぎょんさんも冬籠もり前の腹ごしらえをそろそろ始める頃でしょな。
   くうちゃんに逢いに来る時は、一応は気をつけなよ?
(苦笑)

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